投手の打撃と故意三振について

2026年シーズンを最後にNPBで投手が打席に立つことは無くなります。

私が生きている間にDH制度が9人の野球に戻ることはないでしょう。

セリーグの投手たちの味わい深い打席を見るのも今シーズン限り、残り100試合ほどになりました。今のうちにしっかり目に焼き付けておこうっと。

 

投手の打撃ベストテン

パリーグに指名打者制度(DH制度)が導入されたのは1975年のことでした。一昨年50周年。今年で52年目。

私は王貞治の756号あたりから野球を見るようになりました。物心ついた時、パリーグはもうDH制でした。

だから私は堀内恒夫のバッティングを知らないし、稲尾も米田も知らない。NPB投手の通算最多本塁打は金田正一の38本だ。

 

東尾や山田とは日本シリーズで対戦したが、打撃までは覚えていない。工藤公康はよく覚えている。憎たらしい小僧だったぜ。

私が覚えている投手の打撃ベストテンは以下の通りだ。記録ではなく主観で選んだ。

1位 斎藤雅樹(巨人)

2位 桑田真澄(巨人)

3位 コルビー=ルイス(広島)

4位 前田健太(広島)

5位 ドン=シュルジー(オリックス)

6位 バルビーノ=ガルベス(巨人)

7位 森下暢仁(広島)

8位 佐々岡真司(広島)

9位 川口和久(広島)

10位 北別府学(広島)

 

異論ある方も多いだろうが、カープファンの私が選ぶとこうなった。

床田寛樹も候補でしたが、あいつはまだ若いのでこれからランクインする可能性がある。いやDHが始まればもう無いのか。 

「ほななんで、もっと若い森下が7位やねん!」

森下の打撃は大学の時から有名だったためランクイン。プロでもその名に恥じない打撃を見せました。もう見られないのが寂しい。

 

北別府と佐々岡は正統派の右打者。川口は若い頃は三振か長打みたいなブンブン丸でしたが、後年スイッチヒッターになってからは確実性が増しました。打率3割打ちました。

野村祐輔や大野豊も打撃が良かった。広池浩司とクリス=ブロックも捨て難かったが、打席数が少ないので圏外とした。

 

他球団では阪神のトレイ=ムーア、DeNAのウィーランド、中日の川上憲伸にもよく打たれた。

でも一番打たれたのは巨人の斎藤雅樹だ。あいつはマジでショートに転向する寸前まで行ったが、最多勝を取って立ち消えた。

パリーグは詳しくない。山崎福也と松坂大輔の名前も一応ここに書いておく。大谷翔平は論外である。

 

「ドン=シュルジーって誰やねん!」

知らないのも無理はない。シュルジーもパリーグの投手だが、シュルジーのサヨナラホームランはマジで驚いた。ピッチャーで場外ホームランを打ったヤツを初めて見た。ルイスは2人目だった。

打球は日生球場の場外まで飛んで、照明塔をぶっ壊すんじゃないかという特大強烈ホームランでした。

シュルジーの打席は唯一この1打席のみでした。延長戦でDH解除して打ったものでした。

 

「桑田真澄こそ史上1位だ!」

という野球ファンも多いでしょう。私も守備走塁も含めた総合1位は桑田だと思います。だが打撃だけなら私は斎藤雅樹を推します。

甲子園通算本塁打1位は清原和博の13本。2位は桑田真澄と中村奨成の6本です。

 

投手は打つべきか?

床田寛樹が圏外だった理由は、あいつが「2死無走者でよく打ったから」です。そこがマイナスポイント。

2死無走者でピッチャーが塁に出ると、味方は困るんよねえ。

 

1番が真弓明信みたいなホームラン打者だったらまだわかる。だけどカープの1番は田中広輔だったり大盛穂だったりするわけですよ。

そこで投手が塁に出ちゃうと、広輔と大盛が打っても盗塁できないんですよ。

だからセリーグの投手はほとんどの場合、2死無走者では

ホームベースから離れて立つ」のです。

んでワザと三振する。桑田も斎藤も2死無走者ではワザと三振してたと思います。

 

「その故意三振がつまらないから、セリーグにもDH制を!」

という議論は昔からありました。DH推進派じゃない人にも

「どんな時も全力プレーするべきだ!」

「恥ずかしくて子供に説明できない」

という声は多かった。

 

あなたは試合に先発したことありますか?

先発投手としてマウンドに立ったことがありますか?という意味です。

私は10回以上ある。でも一度も完投したことありません。4回が最長。

ピッチャーはめちゃくちゃしんどいです。打順も9番にしてくれと言いたくなります。

ちなみにキャッチャーもピッチャーと同じくらいしんどいです。ピッチャーのしんどさを10とするとキャッチャーのしんどさは8。センターは1。

 

ピッチャーが出塁すると、ピッチングに大きく影響します。

桑田とかマエケンはあまり影響なさそうでしたが、川口と床田は出塁した後によく打たれてました。

床田なんて打席でケガして、そのシーズンを棒に振ったことさえありました。

 

投手は打つべきなのか、打たないべきなのか?

走者ありではもちろん打ったりバントしたりしないといけません。

走者なしの場合、私の考えは

「無死と1死は打て」

「2死は次の打者にホームランが無いなら打つな」

ですね。もうあと半年で見られなくなるけど。

 

高校野球も既にDH制度が始まってます。

選抜大会ではDHを使うチームと投手に打たせるチームがほぼ半分半分でした。

現代でもバッティングの良い投手は多いと思いますが、やはり疲労やケガのリスクを考えて投手の打撃を控えさせていると思われます。

 

故意三振の思い出

50年以上前のプロ野球では、現在ほど「投手と打者の距離」が離れていませんでした。物理的な距離ではなく技術的な距離。

野手がいなくなると投手が外野を守ったし、投手の打席で野手が残っていないと投手が代打に出ることもあった。

金田正一などは9度も敬遠されたことがあるらしい、次のバッターは一体誰だったんだろう?

 

しかし江川や安田の打撃が良いと言っても、2死無走者では彼らもやっぱり故意に三振していたはずです。

こないだの阪神・高橋遥人みたいに、ボールスリーからボール球をワザと空振りすることが日常だった。四球で塁に出たくないからワザとボール球を振ってました。

 

バッターボックスの投手が全然打つ気ない時に、ストライクの入らない投手も恥ずかしかった。

最近は見かけなくなりましたが、昭和時代は相手が投手で全然打つ気なく構えているのに、3球連続ボールを投げる投手が結構いました。

例えば 長冨浩志 なんかはなんかそんなんが多かった気がする。ぶつけちゃいけないとか思うのかな?

あとは 白武佳久 もそうじゃなかったっけ? あんまよく覚えてないけど。

阪神のマイク仲田や広島の川口はいつもスリーボールなので別に今さら驚かないという感じでした。

 

そういう人たちを弁護してあげると、打者がホームベースから1メートル離れて立つと、距離感がいつもと違うので投げにくいんだと言われてました。

 

クローザーの故意三振

最後に印象的な故意三振について。

1988年の珍プレー好プレーで見た阪神・中西清起投手の故意三振の話をします。

中西は1985年の胴上げ投手で、この時期は抑えの切り札をやっていました。

で、試合終盤にランナーなしで9番中西に打順が回ります。

 

場所は甲子園。相手は大洋ホエールズ。ピッチャー中山裕章。

中山は1985年のドラフト1位投手なんですが、この年のドラフトの目玉は清原和博で6球団が1位競合しました。

そんな中、大洋は清原を回避して高知商業の中山を単独1位指名しました。ちなみにカープ1位はNTT関東の長冨でした。

 

その中山も当時は抑えをやっていたため、投手中山vs打者中西という対戦はおそらく試合終盤で、しかも同点の7回か8回だと思われます。

ここでも中西は故意三振をするんですよ。

令和の今ならクローザーは1イニングしか投げませんから、クローザーが打席に立つことは滅多にありません。栗林も先発転向する今シーズンまで打席に立ったことは一度もありませんでした。

しかし昭和のストッパーは2イニング以上投げるのが当たり前で、打席に立つことも多かったです。

 

どちらかが1点リードしていれば、ストッパーは1人しか出てきません。同点だから2人出て来たのでしょう。

中西が故意三振した場面は、おそらくスコア3対3ぐらいで7回裏か8回裏だったと思われます。甲子園球場ですから阪神の攻撃は裏の回です。

アウトカウントは無死か1死です。同点の7回裏か8回裏でも、当時の投手はワザと三振していたのです。時代ですねえ。

なんで2死じゃないかというと、中西が三振しても大洋の選手がベンチに引き上げなかったからです。さらに中西三振後にキャッチャーの市川和正がボール回しを始めたことから、走者なしということもわかります。

 

7回裏3対3、1死無走者。投手中山、打者中西。

この場面でも阪神は中西に代打を出さず、ストッパーをそのまま打たせて故意三振していたのが昭和の野球です。DHの無い9人の野球は実に味わい深かった。

「そんな野球は面白くない!」

とおっしゃる気持ちもわかりますが、その時代を経て今日のプロ野球があるのですよ。当時はこれが「よかれ」と考えられていたのです。今でも阪神は高橋遥人が9回表に故意三振したじゃないのよ。

 

中西の何が珍プレーだったかというと、中山が3球で中西を追い込みカウントツーワン。

カウントの読み方は当時に倣ってストライク先行で言いました。3球で1ボール2ストライク。

ここで中西は次のストライクを見逃し、4球でアッサリ見逃し三振に倒れます。ボールを回す市川。中山もマウンドを降りてマウンドの周りをクルクル散歩します。

なのに中西はバッターボックスでいつまでも次の球を待ってます。中西は自分が三振したことに気付いていなかったのです。

 

これを見た球審が

「これこれ中西君、君は三振だよ」

と声をかけるが、中西はまだ気付かない。空を見ながら中山がマウンドに戻るのをいつまでも待ってる。

ついに球審が

「おいおい中西、おい中西! もう三振だってば!」

と大声をあげます。

 

ようやく気付いた中西。

照れくさそうにベンチに戻る。甲子園のファンも誰一人中西の三振を責める気がなく、球場は温かい笑いに包まれたという珍プレーでした。

 

当時見ても微笑ましい珍プレーでしたが、令和の今思い返してみても、試合終盤の緊迫する場面で「投手がワザと三振して次の守りに備える」ことを誰もが信じて疑わなかった事実が味わい深い。

昭和のストッパーは同点の7回から登板して、打席で故意三振する野球がセリーグの野球だったのです。実に面白い。

私は40年前のその頃からDHのある野球を「単純でつまんない」と考えていました。今じゃ少数派でしょうね。

 

セリーグも2027年シーズンからDH制度です。

それはそれで新しい楽しみがあるんでしょうが、頭を使った楽しい駆け引きは確実に減ります。投手と打者のワンオンワンという図式がより一層強まります。頭を切り替えて行かないとね。


おしまい
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ありがとうございました。

-赤辞苑