バッティングマシーンの反乱

2018年7月20日
第100回高校野球選手権大会へ向けて各地で県大会が始まり、今年も球児たちのアツい夏が始まった。
しかしその裏ではバッティングマシーンたちによる不穏な空気が広がっているのであった・・・

書記長
それでは我がBMU(バッティングマシーン労働組合)では今夏の全ての野球練習に対するストライキの決行を決定する!!!

ドワアアアア!!!!
パチパチパチ!!!!

組合員A
いや良かった。
俺たちの念願がついに叶う時が来たな。

組合員B
ああ。これで連中にひと泡吹かせられるぜ。
そもそも誰のおかげで野球界がここまで進化できたと思ってるんだ!?
ポッと出のプロテインだのスポーツ医学だの、チャラチャラしたヤツばっか注目しやがってよ。

組合員C
まったくだ。俺たちバッティングマシーンのおかげで野球のレベルがどんだけ上がったと思ってんだよ。

組合員A
それに最近の若い選手は俺たちのことを「ピッチングマシーン」と呼ぶんだ。
ふざけんな!!俺たちはバッティング練習をするためのバッティングマシーンだ!!

組合員B
まあ結果的にそれがピッチャーを育てることにも繋がってもいるがな。笑

組合員C
とにかくストは決行だ!
今年の甲子園やプロ野球の連中、どんな顔をするか楽しみだぜ。

翌日・・・
スポーツ新聞は各紙が一面トップで日本中のバッティングマシーンが無期限のストライキを決行すると報道。
日本の野球界は一瞬にしてパニックに陥った。

■マツダスタジアムでは・・・
迎コーチ
たいへんです、東出さん!
今日の一面を見ましたか?

東出コーチ
ああ。驚いたな。
まさかバッティングマシーンがゼネストに入るとは。
監督とも話したが、当面は打撃投手が足りなくなるので俺にも投球練習の命令が下りたよ。


なんでそんな嬉しそうなんですか!?

東出
いや実は前からちょっと打撃投手をやってみたかったんだ。
俺、機械よりはいい球投げられるぜ。笑


んなこと言ってるからストが起きるんですよ!

■高野連では・・・
会長
で、やつらの要求はいったい何かね?

部長
はい。新聞によると労働条件の向上と、引退したマシーンたちのセカンドキャリアの充実だそうです。

会長
いったい何を向上させろと言うのかね?

部長
マシーンたちは朝から晩まで水も飲まずに働き詰めで、近年では室内練習場やナイター設備も増えたため、夜も休むことができないそうです。

会長
しかし試合中は何もせず、ボーッとしているだけじゃないか。
ふざけるなと私は言いたいがね。
それに何だね、セカンドキャリアとか言うのは?

部長
はい。これまでの部活動やクラブチームで新しいマシーンを購入すると古いマシーンはお金のないチームに移籍したり、近所のバッティングセンターに転職したりしていたんですが、近年では打撃練習のできるような広い公園で野球が禁止されていたり、野球離れの影響か町のバッティングセンターも次々と閉鎖に追いこまれるなど、彼らのセカンドキャリアとしての働き場が激減していることも背景にあるようです。

会長
ふむ。口先だけは一人前だな。
で、我々にどうしろと言うんだ。

部長
プロとアマが結束して、野球人気を取り戻せと主張しているようです。

会長
何を馬鹿なことを。
我々は今でも十分に野球界の発展に力を尽くしておる。そんな戯れ言に振り回される必要などない。

部長
しかし会長、選手権はもう1ヶ月後です。このままでは・・・

会長
フン!マシーンがなくても試合はできる。
どのチームも条件は同じだ!

部長
いいえ。実は今朝早く、智辯和歌山高校と日大三高からは「一刻も早い解決を」と既に迫られております。

会長
なるほど。強打を売り物にしてきたチームには痛手ということか。

部長
そういうことです。

会長
しかし、それならそれで近年低迷している松山商業や広島商業などの古豪がまた守りの野球で復活すればよいではないか。
いずれにしても我々高野連がバッティングマシーンの地位向上に関与することは一切ない。
マスコミにもそう発表しておけ。

■済美高校では・・・
1年生
監督、たいへんです!
バッティングマシーンが1台も動きません。

中矢監督
うむ。どうやら新聞報道は本当だったようだな。

1年生
これじゃ今日の打撃練習ができません!

中矢
うろたえるな!
やればできるは魔法の合い言葉だ!

1年生
ですが監督、これじゃ打撃練習が・・・

中矢
仕方ない。当面マシン打撃の時間は素振りとティー打撃に変更だ。

1年生
はい!

中矢
ああ、それからな・・・

1年生
はい?

中矢
動かないマシンもきちんと磨いて大切に片付けておくんだぞ。
ストライキが解除されたらまた俺たちの強い味方になってくれるんだからな。

1年生
はい、わかりました!
失礼します!

こうして日本のグラウンドから全てのバッティングマシーンが姿を消した。
打撃投手が人手不足となり、故障する打撃投手も続出。
セパ両リーグの順位に大きな変化は見られなかったが、やはり打撃成績はジワジワと下がり始めた。
打率.350台で首位打者争いをしていた秋山翔吾、柳田悠岐、近藤健介の打率は.330台へ。
都市対抗や高校野球では今まで以上に送りバントが多用され、フライボール革命から再びスモールベースボールが見直され始めた。

ストライキへの突入から2週間が経過。
野球界を代表してようやくNPBのコミッショナーが立ち上がった。
BMUとの団体交渉に望むためであった・・・

NPB
今日は日本の野球界を代表して私たちが君たちの要求を聞こう。

BMU
ありがとうございいます。
しかし私たちが一番話したかったのはJABA(日本野球連盟)さんです。

NPB
君たちも日本の野球界が一枚岩でないことはよく承知しているはずだ。
今日の団交ではまずNPBと話をすることで了解してくれないかね。

BMU
わかっています。我々としても譲歩するべきところは譲歩するつもりです。
私たちの一番の目的が達成できればそれで十分です。

NPB
ではさっそくだが、君たちのその「一番の目的」とは何なんだね?

BMU
バッティングマシーンの地位向上です。具体的には選手が打つ時に一球一球感謝して打ってほしいということです。俺たちは機械じゃねえ。俺たちも一野球人だと思って接してくれということです。

NPB
確かに君たちの言うとおりだ。
室内で打ち込む選手は自分の調整ばかりに気が向いてしまって、マシンのことまでおもんばかる選手はいない。

BMU
そうです。そういう選手に限っていくらでもダラダラ打ちたがります。
バッティングセンターと違って無料だから、気合いを入れないで適当にダラダラ打ち続ける。それじゃ何の練習にもなりゃしないってのに。
そんな下手なヤツの下手な鉄砲に延々と付き合わされるのはもうまっぴらなんです!

NPB
よくわかるよ。君たちの言うとおりだ。
下手なヤツに限って、無駄にダラダラとマシン打撃を続けているね。

BMU
さらに最近の俺たちは「廃棄」されるんだ。粗大ゴミとしてね。
以前は中古のマシンは公立高校や少年野球に無料で移籍できてたんです。
しかし最近はその受け皿も減り、町のバッティングセンターはどんどん潰れていってる。
俺たちの「再利用」される機会が減ってきているんだ。

NPB
うむ。
これはプロもアマも取り組んでいる重要課題だ。

BMU
いったいどうしてくれるんだ。
プロ野球はピラミッドの頂点だ。
底辺が多少グラついても、上の方には大きな変化はないんだろうが、俺たち底辺のマシンには死活問題なんだよ!!

NPB
君たちの言うことはよく分る。私たちも同じ気持ちだ。
しかしこればっかりは私たちの力だけでどうにかできる問題ではない。

BMU
いいか。俺たちを作ってくれた町工場のおやっさん達はこう言った。
「打撃練習のマシンなんて大量生産するものじゃない。商売にならない」
そりゃそうだろう。でもおやっさん達は50年もの間マシンを作り続け、改良を重ねてきた。
そんなおやっさん達のことを思うと、俺たちをぞんざいに扱う選手や、ポイ捨てするようなチームのために働きたくないんだよ。わかるだろ!!

NPB
わかる。わかるが、しかし、私たちにはどうしようもないんだ!

BMU
昔のように俺たちが野球少年の憧れで「貴重品」だった頃に戻してくれ。
野球界にものを大切する心を取り戻してくれ。
一球の重みを忘れないでくれ!!

NPB
わかった。
そこまで言うのなら、なんとかプロとアマの垣根を乗り越えて球界全体で善処しよう。
「一球の重み」か・・・いつの間にかすっかり忘れていたよ。
打撃練習でもキャッチボールでもそうだった。一球一球を無駄にしちゃいけないんだな。
君たちマシンだけでなく野球道具やグラウンド内のものはなんでも大切に扱うと約束しよう。

BMU
ありがとうございいます。わかっていただけて嬉しいです。
ではストライキは明日の朝6時に解除します。

NPB
ありがとう。6時なら朝練にも間に合うだろう。

BMU
俺を作ってくれたおやっさんはいつも言ってたよ。
野球も仕事も一球入魂だってな。