2026.8.27(木)
広島 1-6 DeNA マツダ
4連勝ならず。でもマツダで2勝1敗だからまあ良いでしょう。新井にしては上出来です。
佐々木泰がチャンスで打てない理由は3日前の記事に書いたので、今日はもう書きません。※参考記事
二十五の夜
今日は唐突に「私の人生の転機となった出会い」について書きます。
私は今でこそ全知全能の玄人ですが、若い頃は初心者でした。
野球のことが完全にわかったのはいつかなあ…割と最近ですよ。
「あ、プロ野球も結局野球なんや」
と気付いたのは割と最近です。
野茂がアメリカで新人王を獲った頃か、その後イチローと佐々木がシアトルでシーズン100勝していた頃です。
んで同じ頃にものすごく強烈な出会いがあって、私はその瞬間に生まれ変わったというか、大人になりました。
プロ野球に例えると意識が変わったとか、若手からレギュラーになったような感覚です。ハッキリ言って 別の人間に生まれ変わった ような気持ちでした。
当時の私は25歳で、入社3年目でした。
仕事を覚えて、後輩も入ってきて、新人じゃなくなってきた時期でした。
プロ野球に例えると、佐々木泰より1歳年上の玉村昇悟とか2歳年上の小園海斗の立場に近い感じでした。若手からレギュラー選手・主力選手へ成長しつつあるタイミングでした。
A係長との出会い
私は入社3年目にして部署が変わりました。
プロ1~2年目はひと回り年上のB係長の下で、仕事の基本を教わりました。仕事だけじゃなく、車の運転の仕方とか税金や保険の話とか、まあ本当に色んなことを教わりました。
社内でも一番優秀な人で、チームの出世頭と見込まれていた人でした。
ちなみにB係長も野球経験者で、会社のチームで草野球も一緒によくやりました。飲みに行くこともしょっちゅうでした。
Bさんは二枚目じゃないんですか、冗談の上手い人で飲み屋でよくモテました。顔は古田敦也みたいな人でした。
で、私が3年目の春にBさんの下から異動となり、隣の係のA係長の下に就くことになりました。
AさんとBさんとCさんの3つの係があって、仕事内容は3つとも同じです。管轄エリアが違うだけです。営業部門の3つの係は売上高を競っていました。
言ってみれば私はB係からA係に異動しただけで、私の席も同じ部屋にあって「隣の島」に移っただけです。Bさんの席と私の席が背中合わせになっただけです。
ところがこの50cmほどの異動で、私は 全知全能の玄人 となれたのですから面白いものです。
A係長はB係長とは真逆の
無能の人
でありました。いわゆるひとつの「ダメ上司」でありました。
当時の私が25歳。当時の新庄剛志と前田智徳も25歳。
A係長は37歳でした。
A係長のことを仮に 新井係長 と呼ぶこととします。別に「佐々岡係長」でもいいんですが、今日は仮に「新井係長」とします。
この新井係長が独身でスケベで阪神ファン。しかも無能。野球もドヘタ。
仕事ができないことや女にモテないことは仕方ありません。努力してダメなものは仕方ありません。
新井係長のダメなところは 卑怯なところ でした。ズルくてセコくてウソをつく人でした。
Bさんは巨人ファンでしたが、仕事のできる人でした。
新人の私が売り上げノルマに届かない時期に、
「100%到達できなくてもいいから最後まで粘り抜きなさい」
とか
「75%は行けるか?85%は無理なのか?」
と毎日心配してくれる人でした。
ところが新井係長は
「おい今月、なんぼ行くねん?」
「ハイ。自分の数字はギリギリなんとか到達できます」
「実は俺あと200万足りんのや。どうやお前の来月の売り上げを今月に回されへんか?」
と、自分の不足を部下にたかってくるような上司でした。
新井係長は上司の課長や部長にもウソをついてごまかして、月末に売り上げ不足が発覚してよく怒られていました。
まるで「Aクラスは固いです!」と約束して毎年ズッコケる無能監督のような人でした。
親は無くとも子は育つ
ところが面白いもので、私は無能な新井係長の元で
飛躍的に成長 しました。
自分で言うのもなんですが、新井係長との2年間は私の人生の礎であります。いしずえ。
何が飛躍したかというと、一番飛躍したのは 自信と責任 です。
坂倉将吾がサードで1年間試合に出たのが25歳のシーズンでしたが、坂倉もあの頃に「若手から主力」へ意識が切り替わったと思います。
現在27歳の中村奨成はまだ若手気分が抜けてません。だからダメなのです。奨成はまだ「てめえのヒット数」に夢中であります。
25歳の私は「自分がヒットを打つだけじゃ試合に勝てない」ことに気が付きました。
ルーキーの頃は「自分がヒットを打てばそれでいい」と考えていましたが、新井係長のもとで毎月チームが連敗するうち、
「俺がしっかりしないとこのチームは勝てない」
「この監督についていくとチームは弱くなる」
とキッパリ自覚しました。私はチーム内で圧倒的に最年少でしたが、私がチームを引っ張らないとダメだと強く認識しました。
ハイ。
何が言いたいかというと、有能な上司や強いチームの元では「甘え」が生まれ、責任より「依存」が強くなる。
無能な上司と弱いチームの元では依存できないため、「自立と責任」が芽生える。私の場合はそうでした。
新井係長のおかげで、組織がダメになるメカニズムを学びました。新井係長は 理想的な反面教師 でした。
仕事ができないだけならまだかわいいんですが、新井係長は人間的にもクズでした。酒の飲み方も汚いし、女性にモテないタイプの人でした。
プロ野球で例えるなら、昨日と今日で言うことが違うとか、選手のポジションをコロコロ変えるとか、すぐ感情的になって懲罰交代するとか、そんなような人でした。
私はこういう人間になっちゃダメなんだなとすごく学びました。
1998年頃の話です。坂倉将吾がバブーと生誕した頃の話でした。
本日のゲームプラン
森下 vs 奥川
ボロ負けした日に野球の話をしてもつまんないでしょ。
8回の1死満塁で泰に代打を出してもどうせレイノルズが出てきて負けていましたよ。大盛のエラーも大盛で捕れないんだから仕方ありません。あいつより上手いセンターはカープにはいません。
奥川は強敵ですが、森下も好調。同い年の石原とコンビで弱いヤクルトを抑えててほしい。
小園海斗が10日経って再登録可能。
ここで上げたら新井は アホ です。新井係長です。
小園は二軍5試合で18打数6安打2本6打点です。全然ダメ。
ショートゴロも待って捕ってるので全然ダメ。一軍にいたころと変わっていません。
新井が小園に「自分を見つめなしてこい」と言ったのです。
今の小園は1998年の私と似ています。若手気分はすっかりなくなり、チームを引っ張ろうと強く自覚しています。
その小園に「守備がヘタ」と言って二軍に落としたのですから、10日で上げたら私は新井を許しません。小園海斗はお前のおもちゃじゃないからです。
ショートは当面勝田成。西川篤夢と勝田で戦いなさい。
新井は二軍でも小園をサードに入れました。5試合中1試合だけですけど。
新井はアホでスケベなのです。ああいう監督になっちゃいけません。
新井はチームの勝利より、自分の好き嫌いで野球をやってます。だから当然最下位です。
新井係長にノルマ達成などできるはずありません。スケベな男はチームを一丸に束ねることはできません。
だから私は無能な上司を見下して、自分がチームを引っ張らねばならないと意識が強く芽生えたのです。大人も案外頼りにならないのです。