4尾形佳紀[広島東洋カープOB]

尾形佳紀(おがたよしのり)
1978年生まれ。内外野手。右投げ左打ち。
2003年ドラフト4位でカープ入団。日大藤沢→日大→ホンダ。背番号00→4
プロ通算147試合、477打数127安打、打率.266
しかし数字以上に鮮烈な記憶を残した「もう一人のオガタ」

もくじ
■ケガとの戦い
■お茶目な性格
■プレースタイル
■梵と東出に与えた影響
■鈴木誠也と野間峻祥を獲得


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■ケガとの戦い
日大藤沢ではS館山昌平とチームメイト。尾形3年、館山1年。
日大ではO清水直行やB村田修一ともチームメイト。館山とは日大で再びチームメイト。
高校2年で夏の甲子園に出場し、大学時代もドラフト候補に挙がるも、右足靱帯断裂の大ケガのためドラフト指名されず社会人のホンダに入社。
ホンダで3年プレーし、2003年にドラフト4位でカープ入団。背番号00。
1年目の2004年から一軍で活躍。
オフに正遊撃手のシーツが移籍したため、背番号を4番に変更。
2年目の2005年は開幕戦から1番ショートで大活躍。
しかし交流戦の西武戦(5月28日)で再び右足靱帯を断裂。
翌2006年のシーズンも棒に振る。
2007年は外野手に転向するが先発出場は10試合にとどまる。
2008年は出場ゼロ試合、2009年は出場1試合に終わり、同オフに自由契約。31歳でした。

■お茶目な性格
尾形がドラフト指名された2003年は阪神の金本が移籍1年目にして優勝。
9月15日甲子園球場、デーゲームでT赤星がC鶴田泰からサヨナラヒット。
その後、ナイターでマジック対象チームが敗れ阪神優勝。
10月23日、日本シリーズでT金本がH新垣から劇的サヨナラHR。
日本シリーズ終了後に早稲田大学の鳥谷敬が阪神を逆指名。
11月19日、ドラフト会議でカープは尾形佳紀を4位で指名。1位は白濱。

この頃のカープはまだ金本移籍の心の傷が癒えず、その阪神は18年ぶりリーグ優勝。
長嶋茂雄やイチロースズキと比較された黄金ルーキーも阪神入団。
そんな雰囲気の中、25歳の新人尾形佳紀はキャンプ初日の挨拶で
阪神から来た金本です!
とギャグをかます。
これがウケた。
阪神ファンにもウケた。

名前はオガタ、顔はカネモト、足に爆弾。
当時の私はあんま金本に似ているとは思いませんでした。森笠っぽく見えました。
スカウトになってからの尾形佳紀もちょいちょいお茶目なコメントを残しております。
ケガで苦しんだ尾形ですが性格は明るいのです。前田智徳もそうだったっけ・・・

■プレースタイル
打撃はオープンスタンスから踏み込んで打つ形。
インパクトの時に右膝が割れるのが私はどうも好きになれなかった。ガニ股で見た目が美しくない。
しかし打球は鋭い。
左中間を破る高い打球とライト方向への低いライナーが印象的。
尾形のヒットはきれいなヒットが多かったです。
当時はパワーヒッターしかつけなかったレガースをつけていたことも印象深いです。
レガースをつけたまま2塁打や3塁打を打つので「なんか重そうやな」と見てました。

守備はまあ典型的なカープのショート。
守備範囲は広いが失策は多い。
尾形も例に漏れずこの類いでした。

■梵と東出に与えた影響
暗黒時代のカープはショートの選手に苦しみました。

1999年ディアス(28歳) .263、8本
2000年東出(19歳) .261、3本
2001年東出(20歳) .262、5本
2002年東出(21歳) .239、1本→シーツ獲得
2003年シーツ(31歳).313、25本→尾形入団
2004年シーツ(32歳).284、23本→シーツ退団
2005年尾形(27歳) .303、6本→梵入団
2006年 梵(25歳) .289、8本

野村謙二郎の故障後7年間、カープは正遊撃手を固定できませんでした。
そこに現れたガラスのエース尾形。
2005年の開幕直後2ヶ月間は打率3割をキープする活躍を見せるも古傷の再発に泣きました。
以後は代打屋になったりして頑張りましたが、カープは2005年に即戦力ショートの梵英心をドラフト3位で獲得します。
2006年は梵が新人王を獲得し、東出も5年ぶりに100安打以上をマークして復活。
ブラウン新監督は木村拓也をシーズン途中でトレードしました。
2007年の尾形は代打サヨナラホームランを放ち、ファンに感謝の言葉を残しましたが、これが最後のお立ち台となりました。
尾形が大ケガをせずにショートで活躍していれば梵はよそに入団していたでしょうし、東出の復活もあったかどうか。
尾形がケガしてよかったのではなく、誰かのケガが誰かのチャンスになるのはプロ野球の真実であるという話です。

■鈴木誠也と野間峻祥を獲得
現役引退後の尾形はスカウトに転身。1年目は故宮川孝雄さんのカバン持ち。
んで、スカウト人生2年目の2011年。
尾形は東京で一人の高校生に目が釘付けになります。
その選手とは鈴木誠也(16歳)。二松学舎高校。

「誠也を初めて見たのは高校1年の秋季大会です。私は野手の場合、足の速さと肩の強さをみるのですが、おもしろそうなのがいるなという印象でした」
2年後の2013年、カープはスカウト会議を開きました。
カープは高校生ショートが欲しかった。
オーナーと野村謙二郎監督は甲子園で活躍した北條史也を欲しがったが、尾形が「断然誠也です」とプレゼンVTRまで作って猛プッシュ。

野村謙二郎が「誠也はショートも守れるの?」と訪ねた。
尾形は「ハイできます!」とウソをついた。
「足はどっちが速いの?」
「それは誠也です!」
「んじゃ、誠也で行こう!」

そうです。
尾形がいなければカープ誠也はいなかった・・・かもしんない。

そして野間も尾形の功績。
カープは2014年のドラフト1位で地元広陵高校出身の有原航平を指名。
くじ引きは担当スカウトの尾形佳紀。
ちょうど1年前に田村恵が大瀬良大地を引き当てて、2匹目のドジョウを狙ったのです。
んで尾形みごと空振り!

新監督に就任したもう一人のオガタが
「じゃあ俺が一目惚れした野間を繰り上げるか」
と1位指名。

尾形がくじを当てていたらカープ野間はなかった!・・・かもしんないのです。
さらに担当スカウトのくじ引きが伝統行事になっていれば2018年の小園獲得もなかったかもしんない。

・・・

ありがと、尾形! 笑

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