昨日、広島新庄高校の話をしたので今日は敦賀気比高校の話をちょっぴりやりましょう。
私立敦賀気比高校
福井県の強豪、敦賀気比高校。創立1986年。案外新しいです。
つるがけひこうこう。地元では気比神宮を「けいさん」と呼び、気比の松原を「けえのまつばら」と呼びますが、敦賀気比高校は「けいこう」とか「けえこう」とは略しません。「けひこう」と呼ばれています。
野球部OBはカープにゆかりある人が大勢。
筆頭は東出輝裕(39歳)。2個下が西武ライオンズの内海哲也(37歳)。
東出は現野球部監督の東哲平さん(39歳)とともに1998年の春と夏に甲子園連続出場。東出がキャプテンで1番ピッチャー背番号6。東さんは4番ファースト背番号3。
ちなみに1998年の甲子園は春も夏も横浜高校が優勝しています。へえ、知らなんだ・・・
2年後の2000年、内海の代は天谷宗一郎(2年)率いる県立福井商業に延長戦で敗れ準優勝。あと一歩で甲子園ならず。
北陸勢初の全国制覇
そして時は流れて2011年。東出世代の東哲平が敦賀気比の新監督に就任。
2011年の夏、3年生の吉田正尚主将(現オリックス)の代は県予選敗退。福井商業に敗れる。
東が指名した新キャプテンは2年生の西川龍馬。西川の代は2012年の春に甲子園出場を果たしました。
西川卒業後の2013年、敦賀気比に一人の天才少年が入部します。
天才の名は平沼翔太。現在は日本ハムの内野手(ショート)。
平沼は1年から野手として活躍。しかし夏の甲子園には出場ならず。
2014年、2年生になった平沼は背番号1を継承。夏の甲子園でベスト4進出。
準決勝では大阪桐蔭と対戦するも15対9で敗れる。それまでの3試合を全て完投で投げ抜いた平沼(2年)をボコボコに打った大阪桐蔭の4番打者は正随優弥(3年)でした。
2015年、春の甲子園で敦賀気比はついに北陸勢初の全国制覇を成し遂げます。大偉業。
エース平沼は準決勝で大阪桐蔭を4安打完封。夏の借りを返す。
決勝戦では東海大四高を3対1で撃破。平沼完投勝利。
ちなみにこの大会で常総学院の宇草孔基(3年)がホームランを打ったり、1試合5盗塁の甲子園記録を打ち立てています。
平沼以後の敦賀気比高校
2015年、平沼翔太は内野手として日本ハムからドラフト4位指名を受ける。
同じ年に大学全日本で4番を張っていた吉田正尚がオリックス1位。社会人経由の西川龍馬が広島カープ5位指名。
なんと敦賀気比高校のOBが3人一挙にプロ入りへ。福井新聞が大いに沸いた。笑
西川龍馬は入団会見で「目標は東出さん」と発言しました。
それから4年。
福井球界では無名だった県立丹生高校が快進撃。
エース左腕の玉村昇悟(3年)が県大会で奪三振ショーを繰り広げる。5試合で42回を投げ、28安打、52奪三振。ERA1.91。max147km。
しかし決勝で敦賀気比に敗れる。敦賀気比は4番木下元秀(3年)の犠牲フライなど3点を挙げ、投げてはエース笠島尚樹(2年)が丹生打線を完封。
2019年のドラフト会議で玉村昇悟はカープ5位指名。木下元秀はカープ育成2位。
玉村は入団会見で「目標は大野豊さん」と発言。身長と体重が大野と全く同じなのだそうだ。
東監督は木下のことを「高校時代の吉田正尚より飛距離は上」と発言。まあコレは話半分で聞いておこう。
とにかくアツい敦賀気比。
2年生の笠島尚樹も来年のドラフト候補ですよ。コントロールとキレが非常に素晴らしい右投手。
このように敦賀気比高校はカープとの縁が非常に深いのであります。新しく投手コーチに就任した横山竜士はライバルの福井商業なのでした。